「鍵の交換で大変でした」

私の家は、家族一人一人が鍵を持っているのですが、この前「鍵の交換」をしたのでちょっと大変なことになりました。それは子供が今までの鍵とあけ方が変わったことで、つかいにくくなったようでもし一人の時、開けられなかったら大変なので慣れるまで必ず誰かいることにしました。そして練習した結果、問題なく開けられるようになり、安全度を増した「鍵の交換」はようやく心配事がなくなりました。
 築30年の我が家は今まで大きな災害による被害も無く今日に至ってますが、玄関戸口のガラスの修理は一度だけあります。 玄関戸口のガラスを割った原因は、姉が急いで外から帰って来る際、鞄をぶつけてしまったもので、当時は、ホームセンターという業態の店は存在せず、近くの個人経営のガラス屋に頼みました。 ガラスの修理は、30分らいで済んだと想います。
 もしあなたが明確な夢を持っているならば、思う存分努力して、それを目指すべきだと伝えたい。誰にも希望があり、自己実現のために生きる時間は美しい。かくいう自分も音楽の仕事で生きていきたいと思ったほど音楽が好きだった。最初の会社は音楽を作る会社で、一生音楽とかかわりをもって生きていきたいと思っていたこともあった。

 その音楽が娯楽の王道だったのは70年代から90年代までだった。地域の民謡や国民唱歌から、流行歌や演歌が生まれ、途中、洋楽の影響を受けて英語を使った歌詞がニューミュージック・シーンに継承され、その後、コンピューターによる打ち込みを多用したものが生まれ、音楽の近代化と消費、消耗が促進した。

 それは一方では情報伝達の高速化による部分も大きい。かつては情報を流通する手段は新聞や雑誌しかなく、その後テレビの普及で新たな情報の流通が始まったが、均質化された情報が部分的に流通するにとどまった。

 だが、90年代に音楽産業がピークを迎え、消費型の音楽が大量生産され、00年に入るとインターネットの普及と合わせて違法コピーが蔓延(まんえん)した。時代が変わったのは02年ごろのCCCD(コピーコントロールCD)のリリースだろう。03年には米アップルの音楽再生・管理ソフト「iTunes」の発表が行われ、ダウンロード方式の音楽流通の萌芽(ほうが)となった。

 従来の「保有する音楽」から「消費する音楽」に変化した。かつてはパッケージを所有し、音楽というものを有形無形をともに保有するという価値観が存在したが、それは情報がある種の情報過疎社会だからこそ成り立った個人の価値観だった。今や情報は均一化する一方、情報格差も起こり、大きなうねりとなって人々の間をかけめぐる。

 既に音楽は趣味や娯楽ではなく、消費へと変化をし、産業として大きな基盤を築くことのできるスケールを維持できなくなった。だが音楽の持つ素晴らしさは時代とともに変化していることは事実。そして音楽の持つメッセージ性も変化している。

 ゲーム(=コンテンツ)が最近元気がないといわれることが多くなったが、それはあくまでもパーソナルな世界でのメディアとしての評価にすぎない。ゆえにコミュニティー要素や観戦要素を盛り込んだゲームに人々は集まる。韓国では当たり前のようにオンラインゲームに競技的要素や観戦要素などが組み込まれたように、音楽シーンにおいても新しい視点での発想が必要だ。

 音楽に限らずゲームや映画など「市場が縮小した」ということが声高に叫ばれるが、それは市場が微細分化されただけのことだ。その分チャンスの幅は広がっている。アイデア一つでベンチャー企業が台頭するように、コネやカネが左右した以前の市場とは異なるものがそこにある。夢と希望にあふれた者たちよ。目指せ、自分たちの約束の地を!

 ◇著者プロフィル

くろかわ・ふみお=1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、映画・映像ビジネス、ゲームソフトビジネス、オンラインコンテンツ、そしてカードゲームビジネスなどエンターテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。ブログ「黒川文雄の『帰ってきた!大江戸デジタル走査線』」(http://blog.livedoor.jp/kurokawa_fumio/)も更新中。

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7月24日に42歳の誕生日を迎えるジェニファー・ロペスと夫のマーク・アンソニーが、15日、電撃離婚を発表した。

【写真】電撃離婚を発表したジェニファー・ロペス(左)と夫のマーク・アンソニー(右)

ピープル誌独占の共同声明の中でふたりは、「私たちは、結婚生活を終わらせることに決めました。とても難しい決断でしたが、すべてにおいて円満な形でこの結論に達しました。とても辛い時期ですので、プライバシーを尊重していただけるとありがたいです」と現状説明しているが、離婚の原因などについては一切明らかにしていない。

ふたりは、1990年代に短期間交際していたことがあるが、ロペスは、1997年にレストランの従業員と結婚して1年も経たないうちに離婚。その後は、ラッパーのショーン・コムズと交際して破局し、2001年にバックダンサーと結婚したが2003年に離婚。そして世間を騒がせたベン・アフレックとは婚約までしたが、婚約を解消して5ヵ月後の2004年6月に、マークとビバリーヒルズの自宅で秘密裏に結婚した。

一方のマークは、元ミス・ユニバースと結婚し、離婚協議中にロペスと電撃結婚。元妻との間には10歳と7歳になる息子と、昔の恋人との間にティーンエイジャーの娘がいる。

バツ2とバツ1同士と、恋愛遍歴の華やかなふたりだが、3歳の双子マックスとエマが生まれてからロペスは、最近のインタビューで、「子供の母親になって、違う愛の形を知ったわ。今すごく幸せだしいい状況にいます」と語っており、順調な結婚生活をアピール。ロペスとマークは、5月25日には、米人気テレビ番組「アメリカン・アイドル」ファイナルのステージの上で、6月10日にはニューヨークのタイムズスクエアで行われたイベントで熱いキスを交わしており、周囲から見てもトラブルは見られなかったため、メディアもノーマークだった。また、周囲や関係者も、ふたりの離婚宣言には驚きを隠せないようだ。

実際ふたりの間に何があったのかはわからないが、過去の遍歴を見る限り、ラテンの熱い血が流れる情熱的なふたりの決断は早そう。7年目の結婚生活にピリオドを打ったロペスは、41歳にしてバツ3となった。【NY在住/JUNKO】


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